-精神科コラム- 2026年3月

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不安型うつ病の具体的な薬物療法-2026年3月9日-

不安型うつ病において「不安感」に焦点を当てた場合、抑うつ改善と同時に抗不安作用が期待できる薬剤を選択することが重要です。以下に、臨床で実際に用いられる代表的薬剤を具体的に挙げます。


【第一選択:SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)】

不安症状を伴ううつ病では、SSRIが基本となります。

  • エスシタロプラム(レクサプロ)
    不安障害に対するエビデンスも豊富で、忍容性が比較的良好。初期不安増悪を避けるため少量開始が望ましい。

  • セルトラリン(ジェイゾロフト)
    不安・抑うつ双方に有効。身体症状を伴う不安にも使いやすい。

  • パロキセチン(パキシル)
    抗不安作用は強いが、離脱症状や賦活化に注意。

【SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)】

不安と意欲低下が併存する場合に有効。

  • ベンラファキシン(イフェクサーSR)
    不安障害への適応もあり、重症例に用いられることが多い。

  • デュロキセチン(サインバルタ)
    身体症状(疼痛)を伴う不安抑うつに適する。

※ノルアドレナリン作用により、焦燥が強い初期には慎重投与が必要。

【NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)】

  • ミルタザピン(リフレックス/レメロン)
    鎮静作用があり、不眠や焦燥が目立つ症例に有効。不安軽減効果も期待できる。

【セロトニン調節薬】

  • ボルチオキセチン(トリンテリックス)
    認知機能改善作用が注目され、不安症状にも一定の効果が示唆されている。

【抗不安薬(補助的使用)】

● ベンゾジアゼピン系(短期使用)

  • ロラゼパム(ワイパックス)

  • アルプラゾラム(ソラナックス)

  • エチゾラム(デパス)

急性期の強い不安・パニックに有効。ただし依存・耐性の問題があり、原則短期併用。

● 非ベンゾ系抗不安薬

  • タンドスピロン(セディール)
    5-HT1A部分作動薬。依存性が少なく、慢性的な不安に使用。

【増強療法として】

抗うつ薬単剤で不安が残存する場合:

  • アリピプラゾール(エビリファイ)

  • クエチアピン(セロクエル)

少量併用で焦燥や不安の改善を図ることがあります。

【臨床的ポイント】

不安型うつ病では、

  • 初期は低用量開始・緩徐増量

  • 不眠や焦燥が強い場合は鎮静性薬剤を選択

  • ベンゾジアゼピンは短期間に限定

  • 心理療法併用が重要

という戦略が推奨されます。

不安が強い症例では、単純に抗うつ薬を増量するだけでは不十分なことも多く、症状の質(焦燥型か、心配型か、身体不安型か)を見極めた処方設計が重要になります。

異動という転機に、こころが追いつかないとき -2026年3月4日-

春や年度替わりの時期、多くの職場で「異動」があります。昇進や配置換え、部署変更。形式上は前向きな出来事であっても、心の中では戸惑いや不安が渦巻いている——そのような方は決して少なくありません。

異動は、私たちが無意識に築いてきた「安心の土台」を揺さぶります。慣れ親しんだ業務、人間関係、空間の感覚。これらは日々の積み重ねによって安全基地のような役割を果たしています。それが変わるということは、小さな喪失体験の連続でもあります。周囲からは「新しいチャンスですね」と励まされても、気持ちがついてこないのは自然な反応です。

特に責任が増す異動や、未経験領域への配置では、「うまくやらなければならない」「期待に応えなければ」という緊張が高まりやすくなります。その結果、眠りが浅くなったり、食欲が落ちたり、休日も仕事のことが頭から離れなかったりすることがあります。これは弱さではなく、環境変化に対するこころと身体の正常なストレス反応です。

一方で、真面目で責任感の強い方ほど、「こんなことでつらいと思う自分は甘いのではないか」と自分を責めがちです。しかし、環境変化はライフイベントの中でも大きなストレス要因の一つとされています。転居や結婚と同様に、異動も心身に負荷をかける出来事なのです。

では、どう向き合えばよいのでしょうか。

まず大切なのは、「慣れるまで時間がかかるのは当然」と認めることです。新しい環境で即座に以前と同じパフォーマンスを出せなくても、それは能力の問題ではありません。人間関係も業務の流れも、信頼の構築も、一定の時間を要します。「三か月は調整期間」とあらかじめ心に余白を持たせるだけでも、緊張は和らぎます。

次に、自分の変化に気づくことです。眠れない日が続く、涙もろくなる、出勤前に強い動悸がする——こうしたサインは、こころからのメッセージです。無理に打ち消すのではなく、「今、私は緊張しているのだな」と言葉にしてみてください。感情を言語化することは、自己調整の第一歩になります。

そして、誰かに話すこと。家族や同僚、友人、あるいは専門家でも構いません。異動のつらさは、具体的に語ることで整理されます。抱え込むほどに不安は膨らみますが、共有することで輪郭が見え、対処可能な課題へと変わっていきます。

異動は、確かに負荷を伴います。しかし同時に、新しい視点や人との出会いをもたらす契機でもあります。今はまだ緊張の中にいても、その経験はやがて自分の幅を広げる糧になります。焦らなくて大丈夫です。あなたの心が環境に追いつくまで、少し時間をあげてください。

もし、気分の落ち込みや強い不安が長く続く場合は、早めに医療機関に相談することも選択肢の一つです。つらさを抱えながら一人で耐える必要はありません。

異動で揺れるのは、真剣に仕事と向き合ってきた証です。その誠実さをどうか否定しないでください。変化の只中にいる今のあなたに、静かなエールを送ります。

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