-精神科コラム- 2025年7月

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服薬アドヒアランスとは?-2025年7月28日-

精神科の治療において、薬物療法は非常に重要な柱です。特に統合失調症や双極性障害などの慢性疾患では、症状が安定しているときも継続的に薬を使用することで、再発や悪化を防ぐことができます。しかし、「薬をきちんと飲む」という当たり前のことが、実は容易ではないことも少なくありません。ここで大切になるのが、「服薬アドヒアランス」という考え方です。


【服薬アドヒアランスとは?】

服薬アドヒアランス(Medication Adherence)とは、患者さんが医師と相談しながら決めた治療方針に沿って、正しく薬を飲み続けることを指します。かつては「服薬コンプライアンス(Compliance)」という言葉も使われていましたが、これは医師の指示にただ従うという意味合いが強く、患者さんの主体性があまり重視されていませんでした。

アドヒアランスは、「患者さんと医療者が協力し合って治療を進めていく」というパートナーシップの考え方に基づいており、近年はこちらの用語がより一般的になっています。

【服薬アドヒアランスが低下する原因】

精神疾患の治療では、以下のような理由でアドヒアランスが低下することがあります:

  • 病識の乏しさ(自分が病気であるという認識が薄い)

  • 薬の副作用への不安や不快感

  • 効果を実感しにくい(症状が落ち着いていると「もう治った」と思いやすい)

  • 飲み忘れや生活リズムの乱れ

  • 人間関係や社会的ストレスによる混乱

  • 服薬そのものに対する抵抗感

こうした理由から、自己判断で服薬を中止したり、飲んだり飲まなかったりするケースも多く見られます。

【アドヒアランスを向上させるための工夫】

アドヒアランスを高めるためには、医療者と患者さん、そしてご家族が連携し、いくつかの工夫を取り入れることが有効です。

  1. わかりやすい説明と対話の重視
     治療の目的や薬の効果、副作用について丁寧に説明し、納得してもらうことが第一歩です。「なぜこの薬が必要なのか」を本人が理解することで、治療への協力意欲が高まります。

  2. 自己管理を支援するツールの活用
     お薬手帳や服薬カレンダー、スマートフォンのリマインダーなどを使って、服薬の習慣化をサポートすることが効果的です。

  3. ライフスタイルに合わせた処方
     1日3回の服用が難しい方には1日1回の薬に変更したり、持続性注射剤(LAI)など、患者さんの生活に無理なく組み込める治療法を選ぶことも大切です。

  4. 定期的な通院とコミュニケーション
     定期的に通院し、医師やスタッフと顔を合わせることで、服薬状況や体調の変化を確認しやすくなります。気になることを気軽に相談できる環境づくりも重要です。

  5. 家族や支援者の協力
     周囲の理解とサポートも欠かせません。家族が薬の管理をサポートしたり、励ましの声をかけることで、服薬の継続につながることもあります。


【アドヒアランス向上のメリット】

服薬アドヒアランスが良好になると、次のようなメリットが得られます:

  • 症状の安定化と再発防止

  • 入退院を繰り返すことが減り、生活リズムが整う

  • 社会生活や仕事・学業への復帰がしやすくなる

  • 自分の病気に対する理解が深まり、自信につながる

  • 医療費や社会的コストの削減

特に再発予防という観点からは、アドヒアランスの良し悪しが大きく影響します。統合失調症では、再発のたびに認知機能が少しずつ低下するという報告もあり、安定した服薬が将来の生活の質(QOL)を左右するといっても過言ではありません。

【アドヒアランス改善の難しさとデメリット】

一方で、アドヒアランスの向上には以下のような課題や懸念もあります:

  • 本人の意志を無視した「強制的な服薬管理」になってしまうリスク

  • 副作用への不安が増して、逆に治療から離れてしまう場合

  • 家族の過度な関与によるストレス

  • 薬の種類が多くなると、かえって混乱してしまうこと

こうしたデメリットを避けるためには、患者さんの気持ちに寄り添いながら、無理のない方法でアドヒアランスを高めていく姿勢が求められます。

【おわりに】

服薬アドヒアランスは、治療の「質」を大きく左右する重要な要素です。薬を「出されたから仕方なく飲む」のではなく、「自分の回復や生活のために活用するもの」と前向きにとらえることで、治療はより効果的になります。

当院では、患者さん一人ひとりの考え方や生活背景に合わせた治療を心がけ、無理なく服薬を続けられるような支援を行っています。お薬についての不安や疑問があれば、どうぞお気軽にご相談ください。あなたと一緒に、最適な治療法を見つけていきたいと思います。

熱中症に伴う精神疾患-2025年7月22日-

熱中症に伴う精神疾患──身体だけでなく心にも影響を及ぼす猛暑の脅威

日本の夏は年々厳しさを増しており、気温が35℃を超える「猛暑日」が珍しくない時代になりました。その中で深刻な健康リスクとして注目されるのが「熱中症」です。一般的には、脱水や意識障害などの身体的症状に注目が集まりがちですが、近年では熱中症が精神的な症状や精神疾患の悪化にもつながることが指摘されています。本コラムでは、熱中症と精神疾患との関連について掘り下げてみたいと思います。

熱中症とは何か

熱中症とは、高温多湿な環境下で体温調節機能が破綻し、体内に熱がこもることで起こる障害の総称です。初期症状にはめまいや倦怠感、吐き気などがあり、重症化すると意識障害やけいれん、臓器不全などに至ることもあります。特に高齢者や小児、持病を抱える人々はリスクが高いとされています。

熱中症が引き起こす精神的影響

熱中症は一時的な意識障害だけでなく、精神状態にも直接的な影響を及ぼすことがあります。高体温状態が中枢神経にダメージを与えることで、錯乱、幻覚、妄想といった精神症状が現れるケースもあります。これらの症状は一過性であることも多いものの、特に高齢者では回復後も認知機能の低下が残ることがあります。

また、熱中症をきっかけにして元々あった精神疾患が悪化することもあります。たとえば、統合失調症や双極性障害、うつ病などの患者は、暑熱ストレスによって睡眠や食欲が乱れやすく、これが症状の再発を誘発することがあります。精神疾患を抱える人々は、そもそも自己管理や体調変化の察知が難しい場合があり、熱中症の予防が遅れる傾向も見られます。

精神疾患の患者が抱える夏のリスク

精神科病院や福祉施設では、エアコンを嫌う患者や、「暑さに強い」と過信する人も少なくありません。また、服薬の影響も無視できない要素です。多くの向精神薬は、体温調節機能に影響を与える可能性があり、発汗を抑制したり、脱水を助長したりすることがあります。たとえば抗精神病薬の中には、脳の視床下部に作用して発汗機能を抑える副作用を持つものもあります。これにより体温が異常に上昇しやすくなるのです。

特に注意が必要なのは、精神疾患を抱える人が独居生活をしている場合です。異変があっても助けを求められなかったり、症状の自覚がなかったりするため、重症化するまで発見が遅れることがあります。

対策と支援のあり方

熱中症を予防するためには、基本的な対策(こまめな水分補給、涼しい環境の確保、適切な服装など)が重要です。しかし、精神疾患のある人にとっては、それを実行する「認知力」「判断力」「意思決定能力」が十分でないことがあります。そのため、家族や支援者、医療・福祉従事者が積極的に介入し、日常生活の中で熱中症予防を「習慣化」させる支援が必要です。

また、通院している精神科医や訪問看護などが、夏場には「熱中症リスク」の視点を取り入れて診察・指導を行うことも効果的です。たとえば、服薬内容を見直したり、熱中症の初期サインについて説明するなど、小さな積み重ねが大きな事故を防ぐことにつながります。

おわりに

熱中症は単なる「夏の病気」ではありません。気温上昇がもたらす身体的ストレスは、心の健康にも大きな影響を及ぼすことを私たちはもっと意識すべきです。とりわけ精神疾患を持つ人々にとっては、熱中症は命に関わるリスクであると同時に、精神的な不調の引き金にもなり得ます。社会全体で見守り、支援を広げていくことが、暑さに打ち勝つための第一歩になるのではないでしょうか。

服薬アドヒアランス-2025年7月7日-

【服薬アドヒアランスの大切さ】

薬を使った治療において、「正しく薬を使い続けること」はとても重要です。これを専門用語で「服薬アドヒアランス(Medication Adherence)」と呼びます。これは、単に「医師に言われた通りに薬を飲む」という意味だけではありません。アドヒアランスとは、患者様ご自身が治療の内容を理解し、納得し、自らの意思で治療に協力しようとする姿勢を指します。

つまり、医師からの指示を一方的に受け入れる「服従」ではなく、患者様が主体的に治療に関わっていくという考え方です。医療は、患者様と医療者の「協働」で成り立つものです。そのため、薬の服用もまた、治療の一部として「自分のために行うこと」として理解し、前向きに取り組むことが重要なのです。

特に慢性疾患や精神科領域の疾患では、症状が目に見えにくく、薬の効果もすぐには実感できない場合が多いため、「もう治ったからいいや」「薬を飲まなくても調子が良いから大丈夫」といった判断をしてしまいがちです。しかし実際には、症状がなくても病気が体の中で進行していたり、再発のリスクが高まったりすることがあります。

また、服薬アドヒアランスが不十分になると、以下のような影響が出ることが知られています:

  • 症状の再発・悪化

  • 入院や再治療のリスク上昇

  • 医療費や通院回数の増加

  • 信頼関係の低下や不安の増加

だからこそ、医療者は「どうすれば無理なく薬を続けられるか」を患者様と一緒に考えたいと思っています。薬をきちんと飲むことは、誰にとっても簡単なことではありません。日常生活の中で忘れてしまったり、薬に対する不安や抵抗感を持ったりするのは、ごく自然なことです。

大切なのは、「飲めなかったこと」に罪悪感を抱くのではなく、「なぜ飲めなかったのか」を一緒に見つめ直し、より良い方法を考えていくことです。


【服薬がうまくいかない方へ、私たちからお伝えしたいこと】

私たちは日々の診療の中で、「薬を飲み忘れてしまう」「副作用が気になって飲めない」「飲んでも効果が感じられない」「薬に頼りたくない」といった声をたくさんお聞きします。それは決して珍しいことではなく、多くの方が経験することです。薬を飲み続けることの方が、むしろずっと難しいという現実があります。

たとえば、仕事や家庭のことで忙しくしていると、ついうっかり飲み忘れてしまうこともありますし、薬の種類が多いとそれだけで負担に感じてしまうこともあります。また、副作用や長期的な服用への不安、そもそも「本当に薬が効いているのか分からない」という疑問もあるかもしれません。

ですが、薬を継続して服用することで、再発や悪化のリスクを防ぐことができます。とくに精神科の薬では、「症状が落ち着いた後の中断」によって再発率が2倍以上に高まるというデータもあります。再発を繰り返すと、治療に対する自信を失ったり、仕事や家庭生活にも影響が及んでしまうこともあります。

だからこそ私たちは、「なぜ薬を飲みにくいのか?」という背景にしっかり向き合い、対話を大切にしたいと考えています。薬の種類や量を見直したり、飲みやすい工夫を取り入れたり、必要に応じて他の治療法と組み合わせたり、選択肢はたくさんあります。

もし、今、薬を続けることが難しいと感じておられるなら、どうか一人で悩まず、お気持ちをお話しください。私たちは、服薬を「義務」ではなく、「一緒に考える治療の選択肢」として、患者様と向き合いたいと思っています。

薬は、症状を和らげ、生活の質を保つための一つの道具です。だからこそ、「自分に合った薬の付き合い方」を一緒に探していきましょう。治療の主役は、いつでも患者様ご自身です。私たちは、その歩みに寄り添うパートナーでありたいと願っています。

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