仕事のストレスが原因で心の調子を崩す「職業うつ」は、いまや特別なことではありません。まじめに働く人ほど責任感が強く、我慢を重ねてしまう傾向があります。「もう少し頑張れば」「自分の気持ちの問題だ」と思っているうちに、心と体が限界を迎えてしまうことがあります。うつは「気の持ちよう」ではなく、脳の働きが一時的に落ち込んでしまう「病気」です。だからこそ、適切な治療が必要になります。
職業うつの治療では、まず休養や仕事の調整が大切ですが、それだけでは回復が進まないことも少なくありません。心のエネルギーを回復させるために、多くの場合、薬による治療が取り入れられます。抗うつ薬と呼ばれる薬は、脳の中の神経の伝達を整えて、気分や意欲、睡眠を安定させる働きがあります。最近の薬は昔よりも副作用が少なく、頭がぼんやりしたり依存したりする心配もほとんどありません。
薬の効果はすぐに現れるわけではなく、通常は2~4週間ほどかけて少しずつ回復していきます。そのため、「効かない」とすぐにやめてしまうのではなく、医師と相談しながら続けることが大切です。薬の力で脳が落ち着くと、カウンセリングや心理療法もより効果を発揮しやすくなります。つまり薬は「心のリハビリを進めるための土台」といえます。
よくある誤解に、「薬に頼るのは弱いこと」「自然に治したい」という考えがあります。しかし、うつは風邪や糖尿病と同じように、体の働きが一時的に乱れる病気です。無理をして放置すると、仕事どころか日常生活にも支障をきたし、回復に長い時間がかかることがあります。早めに薬の治療を始めることで、心の回復が早まり、再発の予防にもつながります。
薬の種類や量は人によって異なります。眠れない人には睡眠を助ける薬、不安が強い人には気持ちを落ち着かせる薬を一時的に使うこともあります。大切なのは、医師としっかり相談しながら、自分に合った治療を見つけていくことです。
職業うつの回復には、薬だけでなく、周囲の理解やサポートも欠かせません。家族や同僚が「休むことも仕事のうち」と支えてくれることで、安心して治療に専念できます。そして少しずつ心が整っていく中で、「また働いてみよう」という気持ちが自然と戻ってきます。
職業うつに対する薬の治療~心の回復を支える大切な一歩 -2025年10月28日-
漢方薬の特徴と、効き方について -2025年10月23日-
漢方薬が効く時期と、その特徴について
「漢方薬はゆっくり効く」と言われることがあります。確かに、漢方薬は西洋薬のように特定の症状を速やかに抑えることを目的としていません。漢方医学は、からだ全体のバランスを整えることで症状の根本改善を目指す医学です。そのため、効果の現れ方には個人差があり、時間をかけて体質を整えていく過程を大切にします。
漢方では、人のからだを「気(き)・血(けつ)・水(すい)」という三つの要素の調和によって成り立っていると考えます。気は生命エネルギー、血は血液やその働き、水は体内の水分代謝を指します。これらのいずれかに偏りや滞りが生じると、冷え、むくみ、倦怠感、頭痛、月経不順、不眠など、さまざまな不調が現れます。漢方薬はこの乱れを整え、からだが本来持つ回復力を引き出すように働きかけます。
効果が現れるまでの目安
漢方薬の効果が現れる時期は、目的と体質によって異なります。
かぜの初期や胃腸炎、月経痛などの急性症状では、数時間から数日で効果を感じることがあります。例えば、発熱や寒気をともなうかぜの初期に「葛根湯」を服用すると、発汗を促して症状の進行を防ぐことがあります。
一方、冷え性、疲労感、肌荒れ、更年期症状、自律神経の乱れなどの慢性的な体質改善を目的とする場合には、少なくとも1〜3か月ほど継続して服用し、からだの変化を見ていくことが望ましいとされています。
また、症状の改善は「痛みが消えた」「熱が下がった」といった即時的な変化だけでなく、「朝の目覚めが良くなった」「手足の冷えが軽くなった」「気分が落ち着いてきた」といった全身の調子の変化として現れることもあります。こうした小さな変化を観察することが、漢方治療の重要なポイントです。
効果を引き出すために
漢方薬の効果をより良く発揮させるためには、生活習慣の見直しも欠かせません。十分な睡眠、規則的な食生活、適度な運動が、体内のバランスを整える土台となります。
また、体質や症状に合わない漢方を自己判断で服用すると、効果が十分に得られない場合や、かえって体調を崩すこともあります。服薬の継続や変更については、必ず専門の医師や薬剤師に相談することが大切です。
「ゆるやか」でも確かな治療
漢方薬は、即効性よりも体全体の調和と根本改善を重視します。現代のストレス社会では、生活リズムの乱れや冷暖房による温度差、不規則な食習慣などが、自律神経やホルモンの働きを乱す原因となります。こうした「不調だが検査では異常がない」という状態に対して、漢方はやさしく、しかし確実にアプローチすることができます。
からだの変化を急がず、日々の小さな改善を感じながら継続していくことが、体質改善への近道です。漢方薬は「ゆるやかに、しかし確かに」からだを整える医療です。症状の背後にある体質の偏りを見つめ直し、自分のからだと向き合う第一歩として、上手に取り入れていくことをおすすめします。
災害に備えるこころとからだの準備 -2025年10月13日-
―医師の立場から伝えたい「いざ」という時の健康管理―
日本は地震、台風、豪雨など、いつどこで災害が起きてもおかしくない国です。
非常食や懐中電灯を備える方は多いと思いますが、実は「からだ」と「こころ」の準備こそが、命を守るために欠かせない備えです。今回は医師の立場から、健康面での防災ポイントをお伝えします。
① 持病のある方へ:薬と記録を命綱に
慢性疾患(高血圧、糖尿病、心臓病、精神疾患など)のある方は、いつも飲んでいる薬を 1〜2 週間分、非常袋に入れておきましょう。
また、お薬手帳や診察券、診断名・服薬内容のメモを持っておくと、避難先でもスムーズに医療を受けられます。
スマートフォンの写真やメモアプリに記録しておくのもおすすめです。
災害時は医療機関が一時的に閉鎖されることもあります。
かかりつけ医と「もしもの時の相談ルート」を決めておくと安心です。
② 避難生活で注意したい体調変化
避難所では、慣れない環境や睡眠不足、ストレスによって体調を崩しやすくなります。
冷えやすい夜には体温を保つ工夫をし、脱水にならないよう水分をこまめにとりましょう。
また、高齢の方や小さなお子さんは”感染症や誤嚥性肺炎、血栓症(エコノミークラス症候群)”にも注意が必要です。
椅子や床に長時間座りっぱなしにならず、定期的に足を動かす・軽い体操をすることが大切です。
③ こころのケアも忘れずに
災害後、「眠れない」「何度も思い出す」「涙が出る」「人と話したくない」といった反応は、誰にでも起こりうる自然なストレス反応です。
無理に頑張ろうとせず、まずは「怖かった」「不安だ」という気持ちを言葉にしてみてください。
周りの人と話すことが、心の回復の第一歩になります。
眠れない夜が続いたり、気分の落ち込みが長引く場合は、早めに医療機関に相談を。
心のケアも立派な防災の一部です。
④ 感染症を防ぐちょっとした工夫
避難所では、人との距離が近く、ウイルスが広がりやすい環境です。
マスク、ハンカチ、アルコール消毒液を備えておくことはもちろん、
”「咳が出る人は離れて休む」「手洗い・うがいを欠かさない」”という基本を守ることが、互いの健康を守ります。
普段からワクチン(インフルエンザ、肺炎球菌など)を接種しておくことも大切です。
⑤ 心と体を守る「日常の備え」
防災は「特別な時の準備」ではなく、日常生活の延長線上にあります。
食料や水だけでなく、
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常用薬のストック
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医療情報の記録
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睡眠・食事・休息のリズム
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周囲とのつながり
これらを整えておくことが、災害時の心身の強さにつながります。
「からだを守る備え」と「こころを守る備え」を両輪にしておきましょう。