-精神科コラム- 2025年12月

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「自主性」と「主体性」~仕事で疲れた人へ~ -2025年12月21日-

「自主性」と「主体性」に疲れてしまったあなたへ

――いまの教育と職場が私たちに求めているもの――

最近、「自主性を大切に」「主体的に考えよう」という言葉を、学校や職場で頻繁に耳にするようになりました。近年の教育現場では、正解を覚える学びから、自分で問いを立て、自分で選択する学びへと大きく舵が切られています。これは本来、とても前向きで、人間らしい成長を促す考え方です。

しかし、うつで苦しんでいる会社員の方にとって、この言葉は時に重く、苦しいものとして響くことがあります。

自主性と主体性は「似て非なるもの」

教育の現場では、「自主性」と「主体性」はしばしば同じ意味で使われがちですが、実は少し違います。

  • 自主性:決められた枠の中で、自分から進んで行動すること

  • 主体性:そもそも「自分はどうしたいのか」を考え、選ぶこと

主体性はとても大切ですが、エネルギーを必要とします。うつ状態では、意欲や判断力が低下し、「考える」「選ぶ」こと自体が大きな負担になります。その状態で「主体的に考えて」「自分で決めて」と求められると、できない自分を責めてしまい、症状が悪化することも少なくありません。

「やる気がない」のではなく「力が出ない」

職場で「もっと自主的に」「指示待ちにならないで」と言われ、苦しくなった経験はありませんか。うつのとき、それは甘えでも怠慢でもありません。脳のブレーキとアクセルのバランスが崩れ、エネルギーが出せなくなっている状態なのです。

教育や職場が理想とする「主体的な人材像」は、心身が健康なときにこそ発揮しやすいものです。調子を崩している時期には、「指示がある」「枠が決まっている」ほうが、安心して動けることも多いのです。

主体性は「回復のゴール」に近い

近年の教育現場では、「主体性は育てるもの」「段階的に支えることが重要」と考えられるようになってきました。これは、うつの回復過程ともよく似ています。

最初から「自分で考えて決める」必要はありません。
まずは、

  • 今日は会社に行けた

  • 指示された仕事を一つ終えられた

  • 休む判断ができた

それだけで十分です。主体性は、心の体力が戻ってきたとき、自然と芽生えてくるものです。

「今のあなたに合った主体性」でいい

うつの治療や回復において大切なのは、「理想の自分」を目指すことではなく、「今の自分に合った選択」をすることです。
誰かが決めた正解に従う時期があってもいい。頼ることも、休むことも、立派な主体的行動です。

もし「主体的でなければならない」という言葉に苦しさを感じているなら、それはあなたが弱いからではありません。今は、そうした言葉が合わない時期なだけです。

回復とともに、あなた自身のペースで、「自分で選べる感覚」は必ず戻ってきます。どうか焦らず、今の自分を責めずにいてください。

「自主性」と「主体性」~最近の教育現場で大切にされていること~ -2025年12月15日-

近年の教育現場では、「自主性」や「主体性」という言葉がよく使われるようになっています。どちらも前向きな印象がありますが、実は意味合いには少し違いがあります。この違いは、子どもだけでなく、大人の心の健康を考える上でも大切な視点です。

まず自主性とは、「与えられた枠の中で、自分で考えて行動する力」を指します。たとえば、先生から出された課題に対して、やり方を工夫したり、順番を自分で決めたりすることです。これは、決められた環境の中で自分なりの工夫をする力であり、社会生活を送る上でとても重要な能力です。

一方で、主体性はもう一歩踏み込んだ概念です。主体性とは、「そもそも何を大切にしたいのか」「なぜそれをやるのか」を自分で考え、選び取っていく姿勢のことです。課題が与えられる前から、「自分は何に取り組みたいのか」「これは自分にとって意味があるのか」と問い直す力とも言えます。

近年の教育現場では、「言われたことをきちんとこなす自主性」だけでなく、「自分で問いを立てる主体性」を育てることの重要性が強調されています。背景には、社会の変化があります。正解が一つではない問題が増え、誰かの指示を待つだけでは対応できない場面が多くなってきました。そのため、「失敗しても考え直し、選び直す力」が重視されるようになっています。

ただし、ここで大切なのは、主体性は努力や根性で無理に引き出すものではないという点です。教育現場でも、「主体性を持ちなさい」と言われすぎて、かえって苦しくなってしまう子どもがいることが問題視されています。主体性は、「安心できる環境」「失敗しても大丈夫だと思える関係性」の中で、自然に育つものだからです。

この考え方は、心の不調を抱える患者様にも通じます。うつや不安が強いとき、「自分で決めなければ」「主体的にならなければ」と思うほど、心が重くなることがあります。そんなときは、まずは自主性よりも“休むことを選ぶ”ことが、今の自分にとっての主体的な選択である場合もあります。


主体性とは、「常に前向きでいること」ではありません。「今は立ち止まる」「誰かに頼る」という選択も、立派な主体性です。教育現場での議論は、私たち大人にも、「自分のペースで、自分の選択を尊重してよい」というメッセージを投げかけてくれています。

もし今、「自分は主体性がないのでは」と感じている方がいらっしゃれば、それは心が休息を必要としているサインかもしれません。主体性は、元気になってから自然と戻ってくるものです。焦らず、今の自分に合った選択を、一緒に考えていきましょう。

スポーツにおける教育理論を、精神医学的見地から考える -2025年12月10日-

スポーツは、単なる身体活動ではなく、人の精神発達・社会性獲得・セルフケア機能を高める教育的装置として長い歴史を持つ。近年は、競技力向上のみならず「心の健康」を支える重要な手段として見直されている。精神医学では、運動療法研究の蓄積により、スポーツが不安や抑うつ症状を軽減し、認知機能を改善することが示されている。このコラムでは、スポーツにおける代表的な教育理論を整理しつつ、それらが精神医学的にどのような意義を持つかを考察する。

■1. スポーツと「アイデンティティ形成」

エリクソンの発達理論によれば、青少年期には「自我同一性」が重要課題となる。スポーツはその形成に絶大な影響を与える。

  • 成功体験 → 有能感(self-efficacy)

  • チーム内の役割 → 社会的アイデンティティ

  • コーチとの関係 → 権威との健全な距離感学習

特に、承認欲求が強まる時期に「結果以外も肯定される環境」があることは、自己肯定感の育成に資する。逆に、コーチの支配的指導や成果主義のみの評価は、自己不全感やバーンアウトを助長することが精神科臨床でしばしば認められる。

■2. 社会学習理論と「ロールモデル効果」

バンデューラの社会学習理論では、他者の振る舞いを模倣することが成長に重要とされる。

スポーツでは、

  • コーチ → 大人のリーダーシップを観察

  • チームメイト → 協働と競争の双方を学習

  • 上級生 → 挑戦と規律のモデル

が自然に配置される。精神発達上、社会的スキルは模倣から獲得が始まる。特にASD傾向の児童では、言語的教示よりも行動模倣が効果的であり、スポーツ場面は社会行動のシナリオ提示として機能する。

■3. セルフ・ディターミネーション理論(自己決定理論)

Deci & Ryanの理論は現代スポーツ教育の中心にある。人の動機づけには

  1. 自律性(自分で決める感覚)

  2. 有能感(できるという実感)

  3. 関係性(信頼されたつながり)

の3要素が不可欠とする。

この3つが揃うと、

  • 内発的動機の高まり

  • 継続的スポーツ参加

  • 心理的幸福感(well-being)の増加

が得られる。精神医学研究でも、内発的動機は抑うつ予防因子、回復の推進因子として位置付けられている。一方、過度の外発的動機(怒号による指導、勝利至上主義)は、ストレス反応の増大や離脱の主因となりうる。

■4. レジリエンス教育としてのスポーツ

スポーツは成功と失敗の反復である。「負け」や挫折は、精神医学ではストレスイベントである一方で、適応学習の好材料にもなる。

  • 失敗への対処学習

  • 仲間からのサポート経験

  • 物事を俯瞰する力の獲得

これらは、うつや不安障害のリスク低減に寄与する。重要なのは、失敗後の心理的支援であり、失敗を個人否定に結びつけない指導が求められる。

■5. 脳科学からみたスポーツの教育効果

スポーツは、精神医学的にも神経回路を強化する。

  • 前頭前野活性化 → 実行機能(計画力・集中力)

  • セロトニン・ドーパミン調整 → 感情安定

  • 海馬神経新生促進 → 記憶・ストレス耐性改善

ADHD症状の改善効果についても研究が進み、薬物治療と併用で行動コントロールが改善する例が多い。特にマーシャルアーツや団体競技は、ルール順守と注意コントロールに有効とされる。

■6. バーンアウトとメンタルヘルス

スポーツの教育的効果は大きい一方、競技スポーツでは精神疾患のハイリスク群が形成されることもある。

  • 過度なトレーニング負荷

  • 選手生命への過度な同一化

  • SNS/メディアの評価ストレス

バーンアウトは、抑うつ・不安障害への移行リスクが高い。精神科医としては、

  1. 主観的疲労の早期評価

  2. 睡眠・栄養管理

  3. モニタリング体制(チーム医療)

を指導ラインに組み込む必要がある。特に引退期にはアイデンティティ崩壊が生じやすく、心理支援が欠かせない。

■7. インクルーシブ教育としてのスポーツ

発達障害や精神疾患を抱える子どもにとっても、スポーツは優れた教育の場である。

  • 個別性を尊重できる種目選択

  • 小さな成功体験の積み上げ

  • ソーシャルスキルトレーニングの実践

精神医学的には「苦手克服」より「得意発揮」の観点が有効で、自信回復が治療効果を高める。

■結語:スポーツは「心の学習空間」

スポーツにおける教育理論を精神医学的に総括すると、スポーツは以下の力を育てる:

  • 自己理解(自己決定理論)

  • 人間関係能力(社会学習理論)

  • レジリエンス、メンタルタフネス(ストレス適応理論)

  • 脳の可塑性による精神機能改善(神経科学)

つまり、スポーツは単に身体能力ではなく、
人の精神発達を総合的に支える「心の学習空間」である。

今後のスポーツ教育は、勝利至上主義から離れ、個々の子どもの精神的成長を基点とすることが求められる。精神医学と教育学の連携により、運動がすべての人にとってのウェルビーイングを実現する未来が期待される。

転換性障害とは -2025年12月2日-

【転換性障害とは】
転換性障害は、運動機能や感覚機能に神経学的な障害を思わせる症状が出現するにもかかわらず、医学的検査では異常が認められない状態を指します。突然、手足が動かなくなる、声が出なくなる、視力が低下する、ふらついて歩けない、けいれん発作のような症状を起こすなど、身体症状は多岐にわたります。本人は意図的に症状を作り出しているわけではなく、苦痛を抱えながら「体に何か重大な異常が起こっているのでは」と強い不安を持って医療機関を受診することが多い疾患です。

この疾患では、心理的ストレスや葛藤が身体症状へと置き換わる(転換される)という理解がかつて中心的でした。しかし近年は、ストレスだけに原因を求めるのではなく、中枢神経の情報処理機能の変調や注意の偏り、身体感覚の誤解釈、社会的影響など、多因子的なモデルへと考え方が進化しています。そのため、最新の診療では、患者さんに「心の問題のせいで動けない」というような単純化した説明を避け、脳機能のミスコミュニケーションとして理解を共有することが重視されています。

【診断基準(DSM-5-TRに基づく)】

転換性障害は、DSM-5-TRにおいて**「機能性神経症状症(Functional Neurological Symptom Disorder)」**として分類されています。主な診断基準は以下の通りです。

  1. 運動機能または感覚機能の異常を示す1つ以上の症状
     例:四肢の麻痺、歩行障害、構音障害、視覚・聴覚障害、発作様症状など。

  2. 神経学的疾患や身体疾患では説明できない所見
     検査・神経学的診察などで不一致や矛盾が確認される。

  3. 臨床的に意味のある苦痛や機能障害を引き起こしている
     または医療受診につながっている。

  4. 症状の発現が故意や作為的ではない
     詐病や虚偽性障害(虚偽性障害症)とは区別される。

DSM-5では「心理的ストレス因子の存在」は診断必須ではなくなりました。これは、心理的要因が見つからない症例にも正確な診断を行えるよう配慮された変更です。

【症状の多様性】

転換性障害の症状は幅広く、以下のように分類されます。

  • 運動症状: 四肢麻痺、歩行不能、ジストニア、震え、失調

  • 発作様症状: てんかんに似た発作(PNES:心因性非てんかん発作)

  • 感覚症状: 視覚障害、聴覚障害、触覚異常、疼痛

  • 言語・嚥下症状: 構音障害、失声、嚥下困難

  • 意識変容: 失神様発作など

症状は突然出現し、ストレス状況が改善すると軽快する場合もあります。一方で長期間持続し、心理的・社会的機能を大きく損ねるケースもあります。

【病態理解】

最新の研究では以下の要因が関与すると考えられています。

  • 注意の偏り:症状部位への過度な注意集中が悪循環を作る

  • 脳機能ネットワークの変調:感覚野と運動野、自己認識システムの連携不全

  • 学習モデル:症状が一時的に危険回避や援助を得る手段として強化され得る

  • 身体感覚の誤解釈:正常な感覚を異常として捉えてしまう認知の歪み

このように、心理・社会・神経生理学的要素が相互作用する複層的疾患と理解されています。

【治療の原則】

治療は多職種チームで行うことが望ましく、以下の要素が中心となります。

1)診断の共有と教育(Psychoeducation)

  • 「検査で異常が無い」という否定形の説明だけでは不十分

  • 「脳の機能エラー」による症状であり、回復可能であると伝える

  • 症状改善の見通しを共有することで安心感を与える

2)リハビリテーション(運動・作業療法)

  • 「できない動作」を「できる動作」に置き換えて成功体験を積む

  • 注意を症状部位から逸らし、自然な動きへ誘導

  • 早期介入ほど有効

特に心因性非てんかん発作(PNES)では、発作の特徴を理解し、転倒防止など環境整備を行う。

3)心理療法(CBT・支持的心理療法など)

  • 身体症状への恐怖や誤った認知を修正

  • ストレス対処能力の向上

  • トラウマや葛藤へのアプローチが必要なケースも

4)薬物療法は補助的

  • 不安障害やうつ病の合併がある場合には有効

  • ただし「薬で身体症状が治る」と過度に期待させない説明が重要

5)家族・職場支援

  • 周囲の過度な保護が症状を強化することがある

  • 社会生活をできる範囲で維持する方向をサポート


【予後】

転換性障害の経過は多様ですが、一般的な傾向として:

  • 発症から治療介入までが短いほど予後良好

  • 突発発症・短期間の症状・肯定的な医師関係が改善に結びつく

  • 慢性化例では機能障害が長引き、うつ病・不安障害を併発しやすい

  • 心因性非てんかん発作では

    • 半数以上で症状が持続

    • 就労に困難を生じるケースも多い

重要なのは、患者を責めたり「気持ちの問題」と矮小化しないことです。それは症状の固定化や医療不信を招き、予後を悪化させてしまいます。

【まとめ】

転換性障害は、「体が動かない」「感覚がない」という形で脳がSOSを発している状態です。しかし、検査で異常がないからといって“問題がない”わけではありません。患者は真剣に苦しんでおり、症状は本人の意思ではコントロールできません。

診断を受け入れ、理解を深め、適切な治療やリハビリに参加できれば、改善の道が大きく拓けます。医療者は、心理・社会・神経機能の橋渡しを行いながら、患者に伴走する姿勢が求められます。

転換性障害は決して珍しい疾患ではなく、誰にでも起こり得ます。「心と体をつなぐ脳」の働きに目を向け、症状の背後にあるメッセージに寄り添うことが、回復への第一歩となるのです。

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