-精神科コラム- 2025年12月

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転換性障害とは -2025年12月2日-

【転換性障害とは】
転換性障害は、運動機能や感覚機能に神経学的な障害を思わせる症状が出現するにもかかわらず、医学的検査では異常が認められない状態を指します。突然、手足が動かなくなる、声が出なくなる、視力が低下する、ふらついて歩けない、けいれん発作のような症状を起こすなど、身体症状は多岐にわたります。本人は意図的に症状を作り出しているわけではなく、苦痛を抱えながら「体に何か重大な異常が起こっているのでは」と強い不安を持って医療機関を受診することが多い疾患です。

この疾患では、心理的ストレスや葛藤が身体症状へと置き換わる(転換される)という理解がかつて中心的でした。しかし近年は、ストレスだけに原因を求めるのではなく、中枢神経の情報処理機能の変調や注意の偏り、身体感覚の誤解釈、社会的影響など、多因子的なモデルへと考え方が進化しています。そのため、最新の診療では、患者さんに「心の問題のせいで動けない」というような単純化した説明を避け、脳機能のミスコミュニケーションとして理解を共有することが重視されています。

【診断基準(DSM-5-TRに基づく)】

転換性障害は、DSM-5-TRにおいて**「機能性神経症状症(Functional Neurological Symptom Disorder)」**として分類されています。主な診断基準は以下の通りです。

  1. 運動機能または感覚機能の異常を示す1つ以上の症状
     例:四肢の麻痺、歩行障害、構音障害、視覚・聴覚障害、発作様症状など。

  2. 神経学的疾患や身体疾患では説明できない所見
     検査・神経学的診察などで不一致や矛盾が確認される。

  3. 臨床的に意味のある苦痛や機能障害を引き起こしている
     または医療受診につながっている。

  4. 症状の発現が故意や作為的ではない
     詐病や虚偽性障害(虚偽性障害症)とは区別される。

DSM-5では「心理的ストレス因子の存在」は診断必須ではなくなりました。これは、心理的要因が見つからない症例にも正確な診断を行えるよう配慮された変更です。

【症状の多様性】

転換性障害の症状は幅広く、以下のように分類されます。

  • 運動症状: 四肢麻痺、歩行不能、ジストニア、震え、失調

  • 発作様症状: てんかんに似た発作(PNES:心因性非てんかん発作)

  • 感覚症状: 視覚障害、聴覚障害、触覚異常、疼痛

  • 言語・嚥下症状: 構音障害、失声、嚥下困難

  • 意識変容: 失神様発作など

症状は突然出現し、ストレス状況が改善すると軽快する場合もあります。一方で長期間持続し、心理的・社会的機能を大きく損ねるケースもあります。

【病態理解】

最新の研究では以下の要因が関与すると考えられています。

  • 注意の偏り:症状部位への過度な注意集中が悪循環を作る

  • 脳機能ネットワークの変調:感覚野と運動野、自己認識システムの連携不全

  • 学習モデル:症状が一時的に危険回避や援助を得る手段として強化され得る

  • 身体感覚の誤解釈:正常な感覚を異常として捉えてしまう認知の歪み

このように、心理・社会・神経生理学的要素が相互作用する複層的疾患と理解されています。

【治療の原則】

治療は多職種チームで行うことが望ましく、以下の要素が中心となります。

1)診断の共有と教育(Psychoeducation)

  • 「検査で異常が無い」という否定形の説明だけでは不十分

  • 「脳の機能エラー」による症状であり、回復可能であると伝える

  • 症状改善の見通しを共有することで安心感を与える

2)リハビリテーション(運動・作業療法)

  • 「できない動作」を「できる動作」に置き換えて成功体験を積む

  • 注意を症状部位から逸らし、自然な動きへ誘導

  • 早期介入ほど有効

特に心因性非てんかん発作(PNES)では、発作の特徴を理解し、転倒防止など環境整備を行う。

3)心理療法(CBT・支持的心理療法など)

  • 身体症状への恐怖や誤った認知を修正

  • ストレス対処能力の向上

  • トラウマや葛藤へのアプローチが必要なケースも

4)薬物療法は補助的

  • 不安障害やうつ病の合併がある場合には有効

  • ただし「薬で身体症状が治る」と過度に期待させない説明が重要

5)家族・職場支援

  • 周囲の過度な保護が症状を強化することがある

  • 社会生活をできる範囲で維持する方向をサポート


【予後】

転換性障害の経過は多様ですが、一般的な傾向として:

  • 発症から治療介入までが短いほど予後良好

  • 突発発症・短期間の症状・肯定的な医師関係が改善に結びつく

  • 慢性化例では機能障害が長引き、うつ病・不安障害を併発しやすい

  • 心因性非てんかん発作では

    • 半数以上で症状が持続

    • 就労に困難を生じるケースも多い

重要なのは、患者を責めたり「気持ちの問題」と矮小化しないことです。それは症状の固定化や医療不信を招き、予後を悪化させてしまいます。

【まとめ】

転換性障害は、「体が動かない」「感覚がない」という形で脳がSOSを発している状態です。しかし、検査で異常がないからといって“問題がない”わけではありません。患者は真剣に苦しんでおり、症状は本人の意思ではコントロールできません。

診断を受け入れ、理解を深め、適切な治療やリハビリに参加できれば、改善の道が大きく拓けます。医療者は、心理・社会・神経機能の橋渡しを行いながら、患者に伴走する姿勢が求められます。

転換性障害は決して珍しい疾患ではなく、誰にでも起こり得ます。「心と体をつなぐ脳」の働きに目を向け、症状の背後にあるメッセージに寄り添うことが、回復への第一歩となるのです。

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