精神疾患では、治療の継続性が症状の予後を大きく左右します。
しかし、内服治療では患者の服薬中断が少なからず起こり、再発や入院のリスクを高める要因となります。このような服薬アドヒアランスの課題に対して開発されたのが、持続性抗精神病注射薬(LAI)です。
LAIは、筋肉内に注射することで、数週間から数ヶ月にわたって一定の薬効を持続させる製剤であり、精神科治療の中で再発予防の一助として注目されています。
【エビリファイLAI】
エビリファイLAI(一般名:アリピプラゾール LAI)は、非定型抗精神病薬(第2世代抗精神病薬)であるアリピプラゾールの持続性注射製剤です。アリピプラゾールはドパミンD2受容体の部分作動薬であり、過剰なドパミン活動を抑制しつつ、不足している部分には補うという独自の作用を持っています。
エビリファイLAIは通常、月に1回(4週間ごと)に投与され、初回投与後2週間は経口アリピプラゾールを併用することで、安定した血中濃度を確保します。統合失調症の再発予防を目的に使用されるほか、双極性障害などにも適応が拡大されています。
【ゼプリオン】
ゼプリオン(一般名:パリペリドンパルミチン酸エステル)は、リスペリドンの代謝物であるパリペリドンのLAI製剤です。パリペリドンはドパミンD2およびセロトニン5-HT2A受容体拮抗薬であり、陽性症状に対して強力な抑制効果を示します。
ゼプリオンは月1回の投与が基本であり、初回投与では1週間の間隔で2回注射する導入スケジュールをとります。加えて、3ヶ月に1回投与する「ゼプリオンTRI」も存在し、さらなる利便性向上が可能です。
主に統合失調症患者の再発予防に用いられます。
【内服薬との比較におけるメリット】
1. アドヒアランスの向上
内服薬では、服薬を忘れたり、意図的に中断することが珍しくありません。特に統合失調症患者では、病識の欠如や副作用の不快感から中断するケースが多く、再発の主な原因となります。LAI製剤では、1回の注射で数週間〜数ヶ月の効果が持続するため、服薬忘れの心配がなく、アドヒアランスが大幅に向上します。
2. 再発・入院リスクの低減
国内外の研究により、LAIは内服薬と比較して再発率や再入院率を有意に低下させることが示されています。特にゼプリオンは急性期症状に対する即効性も期待され、再発防止に強い効果があります。
3. 血中濃度の安定化
内服薬では1日の中で血中濃度が変動しやすく、副作用や効果のばらつきの原因となることがあります。一方でLAIは一定の速度で薬剤が放出されるため、血中濃度が安定し、効果と副作用の管理がしやすい点がメリットです。
4. 医療者による治療管理の強化
LAIは医療機関での注射によって投与されるため、患者が定期的に通院し、医師と接する機会が増えることも重要です。これにより、早期の体調変化や副作用の兆候を医療者が把握しやすく、より安全な治療継続が可能になります。
【内服薬との比較におけるデメリット】
1. 柔軟性の欠如
内服薬と比べて、LAIは投与後にすぐ中止できないという欠点があります。副作用が出現しても、体内に薬剤が長く残るため、調整が困難で、特に過鎮静やアカシジアが問題となることがあります。
2. 初期の経口併用が必要
エビリファイLAIは注射後すぐに効果が現れるわけではなく、最初の2週間程度は経口アリピプラゾールを併用する必要があります。患者や医療者にとって、導入時のスケジュール管理が煩雑になることがあります。
3. 注射に対する心理的抵抗
注射は身体的侵襲があり、痛みや羞恥心、不安感などが患者にとって負担となることがあります。また、精神疾患に対するスティグマの一環として、「注射される=重症」との誤解が生まれることもあります。
4. 副作用の持続
LAIでは、副作用が出た場合にその影響が長期にわたって残るという問題があります。ゼプリオンでは高プロラクチン血症による乳汁分泌、性機能障害など、アリピプラゾールではアカシジアや不安感などの副作用が持続する可能性があります。
結論
持続性抗精神病注射薬であるエビリファイLAIとゼプリオンは、それぞれ異なる作用機序を持ち、患者の状態や治療目標に応じて選択されます。内服薬と比較すると、服薬アドヒアランスの向上、再発予防、血中濃度の安定など多くの利点がある一方、柔軟性の欠如、副作用の持続、導入の煩雑さなどの課題もあります。
したがって、治療選択にあたっては、患者本人の意向や生活状況、これまでの服薬状況、副作用の出現傾向などを総合的に評価したうえで、適切な薬剤を選択することが重要です。特に統合失調症のような長期治療を要する疾患では、再発を防ぎ、社会的機能を維持するという観点から、LAI製剤は有効な選択肢となり得ます。