-精神科コラム- 2025年5月

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持続性抗精神病注射薬(LAI)-2025年5月26日-

精神疾患では、治療の継続性が症状の予後を大きく左右します。
しかし、内服治療では患者の服薬中断が少なからず起こり、再発や入院のリスクを高める要因となります。このような服薬アドヒアランスの課題に対して開発されたのが、持続性抗精神病注射薬(LAI)です。
LAIは、筋肉内に注射することで、数週間から数ヶ月にわたって一定の薬効を持続させる製剤であり、精神科治療の中で再発予防の一助として注目されています。

【エビリファイLAI】
エビリファイLAI(一般名:アリピプラゾール LAI)は、非定型抗精神病薬(第2世代抗精神病薬)であるアリピプラゾールの持続性注射製剤です。アリピプラゾールはドパミンD2受容体の部分作動薬であり、過剰なドパミン活動を抑制しつつ、不足している部分には補うという独自の作用を持っています。

エビリファイLAIは通常、月に1回(4週間ごと)に投与され、初回投与後2週間は経口アリピプラゾールを併用することで、安定した血中濃度を確保します。統合失調症の再発予防を目的に使用されるほか、双極性障害などにも適応が拡大されています。

【ゼプリオン】
プリオン(一般名:パリペリドンパルミチン酸エステル)は、リスペリドンの代謝物であるパリペリドンのLAI製剤です。パリペリドンはドパミンD2およびセロトニン5-HT2A受容体拮抗薬であり、陽性症状に対して強力な抑制効果を示します。

ゼプリオンは月1回の投与が基本であり、初回投与では1週間の間隔で2回注射する導入スケジュールをとります。加えて、3ヶ月に1回投与する「ゼプリオンTRI」も存在し、さらなる利便性向上が可能です。
主に統合失調症患者の再発予防に用いられます。

【内服薬との比較におけるメリット】

1. アドヒアランスの向上

内服薬では、服薬を忘れたり、意図的に中断することが珍しくありません。特に統合失調症患者では、病識の欠如や副作用の不快感から中断するケースが多く、再発の主な原因となります。LAI製剤では、1回の注射で数週間〜数ヶ月の効果が持続するため、服薬忘れの心配がなく、アドヒアランスが大幅に向上します。


2. 再発・入院リスクの低減

国内外の研究により、LAIは内服薬と比較して再発率や再入院率を有意に低下させることが示されています。特にゼプリオンは急性期症状に対する即効性も期待され、再発防止に強い効果があります。


3. 血中濃度の安定化

内服薬では1日の中で血中濃度が変動しやすく、副作用や効果のばらつきの原因となることがあります。一方でLAIは一定の速度で薬剤が放出されるため、血中濃度が安定し、効果と副作用の管理がしやすい点がメリットです。


4. 医療者による治療管理の強化

LAIは医療機関での注射によって投与されるため、患者が定期的に通院し、医師と接する機会が増えることも重要です。これにより、早期の体調変化や副作用の兆候を医療者が把握しやすく、より安全な治療継続が可能になります。


【内服薬との比較におけるデメリット】

1. 柔軟性の欠如

内服薬と比べて、LAIは投与後にすぐ中止できないという欠点があります。副作用が出現しても、体内に薬剤が長く残るため、調整が困難で、特に過鎮静やアカシジアが問題となることがあります。


2. 初期の経口併用が必要

エビリファイLAIは注射後すぐに効果が現れるわけではなく、最初の2週間程度は経口アリピプラゾールを併用する必要があります。患者や医療者にとって、導入時のスケジュール管理が煩雑になることがあります。


3. 注射に対する心理的抵抗

注射は身体的侵襲があり、痛みや羞恥心、不安感などが患者にとって負担となることがあります。また、精神疾患に対するスティグマの一環として、「注射される=重症」との誤解が生まれることもあります。


4. 副作用の持続

LAIでは、副作用が出た場合にその影響が長期にわたって残るという問題があります。ゼプリオンでは高プロラクチン血症による乳汁分泌、性機能障害など、アリピプラゾールではアカシジアや不安感などの副作用が持続する可能性があります。


結論

持続性抗精神病注射薬であるエビリファイLAIとゼプリオンは、それぞれ異なる作用機序を持ち、患者の状態や治療目標に応じて選択されます。内服薬と比較すると、服薬アドヒアランスの向上、再発予防、血中濃度の安定など多くの利点がある一方、柔軟性の欠如、副作用の持続、導入の煩雑さなどの課題もあります。

したがって、治療選択にあたっては、患者本人の意向や生活状況、これまでの服薬状況、副作用の出現傾向などを総合的に評価したうえで、適切な薬剤を選択することが重要です。特に統合失調症のような長期治療を要する疾患では、再発を防ぎ、社会的機能を維持するという観点から、LAI製剤は有効な選択肢となり得ます。

五月病の正体 -2025年5月20日-

五月病の正体

「五月病」とは正式な医学用語ではありませんが、日本においては特に新年度が始まる4月の後、5月頃に見られる精神的・身体的な不調を指す俗称です。

五月病とは、新生活や新しい環境に適応しようとした4月の緊張状態が少し緩んだ5月に、心や体にさまざまな不調が現れる現象です。典型的には、新社会人や大学新入生に多く見られますが、異動や転勤、部署変更を経験した人など、環境が大きく変化した人すべてに起こり得ます。

主な症状は、倦怠感、意欲の低下、集中力の欠如、食欲不振、不眠、気分の落ち込みなどです。うつ病に似た症状が多く、一部は「適応障害」と診断されることもあります。

背景には、以下のような要因があります:

  • 環境変化に対するストレス

  • 期待やプレッシャーに対する緊張の反動

  • 人間関係の疲労

  • 目標喪失感(「やり切った」感による空虚さ)

  • 季節の変わり目による自律神経の乱れ

5月という時期に特有の、緊張が緩むタイミングで起こるため、「心のエネルギー切れ」ともいえる状態です。

五月病への治療と対処法

五月病の多くは一時的なもので、環境に適応していく中で自然に回復しますが、症状が長引く場合や日常生活に支障がある場合には、専門的な対応が必要です。

1. 生活リズムの見直し

規則正しい生活を送ることで、自律神経が安定し、心身のバランスが取れやすくなります。特に、十分な睡眠、適度な運動、バランスの良い食事が重要です。

2. ストレスの言語化・共有

信頼できる人に気持ちを話すだけでも、心理的負担が軽くなることがあります。日記をつけたり、カウンセラーと話したりすることで、感情の整理ができます。

3. 「頑張りすぎない」意識

新しい環境で「完璧であろう」「期待に応えなければ」と無理をしすぎると、心身に負荷がかかります。「できることを少しずつ」「休むことも大切」といった柔軟な姿勢が必要です。

4. 環境調整・相談

業務量が多すぎたり、人間関係が負担になっている場合は、上司や人事部門に相談して環境調整を図ることも重要です。学生の場合は、大学の学生相談室を活用しましょう。

5. 専門機関の利用

2週間以上にわたって抑うつ気分や無気力が続く場合は、精神科や心療内科を受診することが推奨されます。適応障害やうつ病などが疑われる場合、早期対応が症状の重症化を防ぎます。


周囲の人ができる支援

五月病の人に対しては、「無理に励まさない」「評価を押しつけない」「話を否定せずに聴く」ことが大切です。共感的な態度で接することで、本人が自分のペースで回復しやすくなります。

五月病は、多くの人が経験しうる「心の調整期」ともいえます。適切な休養とサポートがあれば、自然と元気を取り戻すケースがほとんどです。焦らず、自分に優しく、無理のない回復を目指しましょう。

食事から考えるメンタルケア ~心を支える食の力~ -2025年5月2日-

はじめに:食と心の深い関係

私たちの体は、食べたものでできています。それと同じように、私たちの「心」も、実は食事と密接に関係しています。ストレス、不安、うつ、集中力の低下、イライラ…こうしたメンタルの不調は、生活環境や心理的な要因だけでなく、栄養状態の偏りからも起こり得るのです。

現代社会は忙しく、インスタント食品やコンビニ弁当、過剰な糖質や脂質、カフェインの摂りすぎが日常的になっています。知らず知らずのうちに、私たちは「心を不安定にする食生活」を送っているかもしれません。

本稿では、栄養学、脳科学、心理学の知見を交えながら、「食事によって心の健康を守る方法=メンタルケア」を解説します。


第1章:メンタルと食事がつながる理由

1-1. 腸と脳は「第二の脳」でつながっている

腸は「第二の脳」と呼ばれることがあります。腸内には、脳に次いで多くの神経細胞が存在しており、自律神経を通じて脳と密接に連携しています。この腸と脳を結ぶルートは「腸脳相関(gut-brain axis)」と呼ばれ、ストレスが腸に影響を与える一方、腸の状態が脳の働きや感情に影響することも分かってきました。

たとえば、腸内環境が悪化すると、炎症性物質が増加し、それが血液を通じて脳に届くことで、うつ症状や不安感を引き起こすことがあるのです。

1-2. 脳内物質は「食べ物」から作られる

「幸せホルモン」として有名なセロトニンは、脳内の神経伝達物質のひとつで、不安やうつ、怒りを抑える働きがあります。このセロトニンの原料は、実は「トリプトファン」という必須アミノ酸で、体内では合成できず、食事から摂取する必要があります。

さらに、セロトニンの合成にはビタミンB6やマグネシウムなどの補助因子が必要です。つまり、脳を健やかに保つ神経伝達物質は、栄養素によって支えられているのです。


第2章:メンタルに効く栄養素とその働き

2-1. トリプトファン:セロトニンの原料

主な食材: 大豆製品(納豆・豆腐)、乳製品、卵、バナナ、ナッツ、魚、七面鳥、牛乳
トリプトファンは、リラックスや安心感をもたらすセロトニンのもとになります。特に朝食に摂ると、日中の心の安定に役立ちます。

2-2. ビタミンB群:神経の働きを支える

主な食材: レバー、豚肉、玄米、青魚、卵、海苔、納豆
ビタミンB1は「疲労回復のビタミン」、B6は「脳内物質の合成に不可欠」、B12は「神経の伝達を正常に保つ」といったように、B群は神経系の健康維持に欠かせません。ストレスが多いほど、これらのビタミンは多く消費されます。

2-3. オメガ3脂肪酸:抗炎症と脳機能の維持

主な食材: 青魚(サバ・イワシ・サンマ)、亜麻仁油、チアシード、くるみ
オメガ3脂肪酸(EPAやDHA)は、脳の構成成分でもあり、炎症を抑える働きがあります。これが不足すると、うつ傾向が強まる可能性があるとする研究も多くあります。

2-4. 鉄・亜鉛・マグネシウム:脳機能と感情の安定に不可欠

鉄: 赤身肉、レバー、ほうれん草、ひじき
亜鉛: 牡蠣、牛肉、卵、かぼちゃの種
マグネシウム: ナッツ、海藻類、玄米、豆類

これらのミネラルは、感情の調整、脳のエネルギー代謝、神経伝達に関わるため、慢性的な不足がメンタル不調の引き金になります。


第3章:避けたい食品と食習慣

3-1. 糖質のとりすぎ

甘いお菓子や清涼飲料水を頻繁に摂ると、血糖値が急激に上下し、それに伴って気分も不安定になります。また、砂糖の過剰摂取は脳の炎症や記憶力の低下、うつ症状とも関係しているといわれています。

3-2. カフェインとアルコールの乱用

適度なカフェインには覚醒作用がありますが、摂りすぎると不安感や不眠を引き起こすことがあります。また、アルコールは一時的にストレス解消に思えるかもしれませんが、長期的には脳内物質のバランスを崩し、依存や気分障害を招く恐れがあります。

3-3. 極端なダイエットや偏食

栄養バランスを無視したダイエットや、炭水化物を極端に減らす食事法は、脳のエネルギー不足やホルモンの乱れを招きます。特に若年層や女性に多いこの傾向は、摂食障害や抑うつ傾向とも関連があるため注意が必要です。


第4章:実践!心を整える食事の工夫

4-1. 朝食は「セロトニンのスイッチ」

朝にトリプトファンを含む食事と太陽の光を浴びることで、セロトニンの分泌が促されます。例:納豆ご飯+卵焼き+味噌汁+バナナなど。

4-2. 腸内環境を整える発酵食品と食物繊維

ヨーグルト、味噌、キムチ、納豆などの発酵食品と、野菜、海藻、きのこ類の食物繊維は、腸内の善玉菌を増やし、腸脳相関を改善します。

4-3. 「まごわやさしい」のバランスを意識

これは日本の伝統的な食材を表す頭文字で、バランスの良い食事のヒントになります。

  • ま:豆類

  • ご:ごま(種子類)

  • わ:わかめ(海藻)

  • や:野菜

  • さ:魚

  • し:しいたけ(きのこ)

  • い:いも類

これらを意識することで、自然と心にも体にもやさしい食事になります。


第5章:シーン別・メンタルケアに効くレシピ例

5-1. ストレスがたまっているとき

→「さば缶とひじきの炊き込みご飯」
→「ごま入り豚しゃぶサラダ」

5-2. 不安で眠れないとき

→「豆腐とわかめの味噌汁」
→「バナナとナッツのハチミルクヨーグルト」

5-3. 朝から元気を出したいとき

→「納豆卵かけ玄米ご飯+青菜の味噌汁」
→「オートミールとバナナの焼きグラノーラ」


第6章:職場・学校・家庭での実践ポイント

  • コンビニでも「トリプトファン+ビタミンB6+炭水化物」のセットを意識(例:おにぎり+ゆで卵+味噌汁)

  • 子どもや高齢者には、食材の色や香りを楽しめる調理で食欲促進

  • 家族で「食べながら会話する」時間が、メンタルケアとしても効果的


おわりに:心を整えるには「食べる」ことから

心のケアというと、カウンセリングやストレスマネジメントなど心理的なアプローチが注目されがちですが、「毎日の食事」も心の健康の土台になります。今日からできる小さな食習慣の見直しが、未来のあなたの心をやさしく守ってくれるでしょう。

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